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東京地方裁判所 昭和39年(レ)70号 判決 1965年12月23日

控訴人 昭和東部食糧販売企業組合

被控訴人 昭島石油株式会社

主文

原判決を取消す。

被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「控訴人の控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

(当事者双方の事実上の主張)

一、被控訴人はその請求の原因として、「被控訴人は昭和三六年二月一〇日別紙目録<省略>(一)記載の土地をその所有者三田茂から買受け、同年三月三日その旨所有権移転登記をした。しかるに控訴人はその土地のうち別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)点を順次直線で囲む部分(約一三、一〇四坪)上にある別紙目録記載の建物を店舗として使用し右土地部分を占有している。よつて被控訴人はその土地の所有権にもとずき控訴人に対し右建物から退去し、その敷地である土地部分の明渡を求める。」と述べ、控訴人の主張事実を争い、「三田茂はその頃控訴人に対し右建物の明渡を求め、控訴人よりその承諾を得たものであり、そうでなくとも三田茂はこれが明渡を求める正当理由を具備している。(従つて、少くも、当然明渡さるべき事情にあつた)」と述べた。

二、控訴人は、答弁として、「被控訴人主張の土地が三田茂の所有であつたこと、控訴人が被控訴人主張の建物を店舗として使用しその敷地として主張の土地部分を占有していることは認めるが、被控訴人が三田茂から右土地を買受けたことは知らない。仮にその事実があつても、被控訴人の本訴請求は、次のような事由により権利を濫用するもので許されない。

(一)  東京都食糧配給公団は昭和二四年三月頃当時物置であつた右建物を三田茂から賃借し、その前部を店舗として改造使用していたが、控訴人はその後右公団の配給業務を引継ぐこととなり昭和二五年一二月頃、引続いて、三田茂からその建物を賃借したものである。

(二)  しかるに、被控訴人代表者成願一郎らは、右建物を控訴人が米穀販売所として使用していることを知りながら、三田茂と相謀り、右土地を利用して給油所を建設せんことを計画し、その目的遂行上控訴人をしてその建物から退去させようとし、ここに被控訴人会社を設立し、三田茂はその取締役となり、三田茂から被控訴人会社に右土地を売却するに及んだものである。

(三)  控訴人は前記東京都食糧配給公団からその業務を引継ぎ爾来今日に至るまで右建物を店舗として米穀配給の、営業をしているものであり、もしその建物より退去することになれば、米穀配給所は地域的にある間隔を保ち置かれている関係から閉鎖しなければならない運命に陥る。他方被控訴人はすでに昭和三六年秋頃からその買受土地のうち右建物の敷地及びその南隣に当る訴外三田光男使用の建物の敷地を除いた範囲の土地を使用して給油所を経営し、支障なく今日に至つており、被控訴人が控訴人の賃借建物の敷地を敢えて必要とする事情はない。

(四)  被控訴人が土地のみを買受けて、地上の建物の賃借人である控訴人に建物よりの退去を求めるのは、建物の賃借人が敷地及び建物を買受けた者に建物の賃借権を主張し得るのに比し著しく権衡を失する。」と述べた。

(証拠)<省略>

理由

一、被控訴人主張の土地が訴外三田茂の所有であつたこと、控訴人が被控訴人主張の建物を店舗として使用し、その敷地である主張の土地部分を占有していることは当事者間に争いない。また成立に争がない甲第一号証、原審における被告三田茂の本人尋問の結果および当審における被控訴人代表者の尋問の結果によれば、被控訴人は昭和三六年二月一〇日右土地を三田茂から買受け、同年三月三日その旨所有権移転登記を経由したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、そこで控訴人の権利濫用の主張の成否につき判断する。

(一)  原審における被告三田茂の本人尋問の結果ならびに原審および当審における控訴人代表者の尋問の結果によれば、控訴人は昭和二四年三月頃三田茂から右建物を賃借し、爾来これを米穀販売店の店舗として使用して来たことが認められる。ところで被控訴人は、三田茂はこの程控訴人に対し右建物の明渡を求め、控訴人よりその承諾を得たものであり、そうでなくとも三田茂はこれが明渡を求める正当理由を有する(従つて、少くも、当然明渡されるべき事情にあつた)旨主張する。

そして、右三田茂の供述と原審証人矢島栄一、同森数馬の各証言とによれば、右のように三田茂が控訴人に対し建物の明渡請求をなしたこと、また同三田は友人矢島栄一らとともに控訴人の立退先の物色にかなり努めたことは認められる。しかし控訴人が明渡を承諾したとか、その他明渡を正当ならしめるような事情があつたことは、被控訴人提出援用の全立証によつてもこれを肯認することができず、他にこれを認めるに足る証拠はない。却つて原審証人三田光男、同中野繁市の各証言、原審における控訴人代表者の供述によれば、昭和三六年二月頃右三田茂が明渡請求に急なる余り控訴人代表者に対し強迫がましき言辞を用いたり、また、その后、同人等が右建物の裏側に接続していた物置を勝手にとりこわし、裏口をふさいだ事情もあることが窺われる。

(二)  成立に争がない乙第一号証、当審証人山中由雄の証言、原審および当審における証人三田光男および控訴人代表者の各供述に、原審証人松永正安の証言、右三田茂および被控人代表者の各供述、これらにより成立を認める甲第二号証ならびに口頭弁論の全趣旨をあわせ考えれば、もともと、被控訴人代表者成願一郎は昭和三五年中、訴外山中由雄を介して右三田茂が前記土地を所有しこれを売却する意思あることを知り、その土地全部を使用して給油所を設置することを計画し、昭和三六年二月三日、成願一郎、三田茂、前記矢島栄一等が取締役、同成願ほか一名が代表取締役、右山中が監査役となり新たに被控訴人会社が設立され、次いで前記のように同会社は三田茂から右土地を買受ける運びとされたものであること、三田茂は矢島等ともども右給油所設置に参画し、これによる利益にあづかろうとし、一方、成願は三田茂が右土地周辺でいわゆる顔がきき同人の参加は営業上利するところあり、双方に便益をもたらすものと考えたこと、そして、当初の間は、三田茂は右給油所に常勤し給料の支給を受けていたこと、もとより、成願は、山中とも、あらかじめ現地を見分し、右土地上に三田茂が前記建物を所有し控訴人がこれを賃借して米穀販売店の店舗として使用していることを知悉し、前記土地売買に当り、三田茂をして右土地のいわゆる更地化を約せしめ、(それと関連し代金三〇〇万円のうち一部金三〇万円の支払を留保した)その后、同人が控訴人に対してなす立退要求を、強硬に推進したものであることが認められ、以上の認定をくつがえすに足る証拠はない。

(三)  原審証人中野繁市、当審証人三田光男の各証言ならびに原審および当審における控訴人代表者尋問の結果を総合すると、控訴人組合は右建物の店舗の営業で約三〇〇の得意先を近辺にもつていること、同建物の約二〇米南方と約一〇〇米北方に同業者がある関係上、控訴人がその店舗の移転先を遠方に求めることは営業上不利であり、また近辺に適当な移転先をみつけるのは殆んど困難であることが認められ、右認定に反する証拠はない。また。一方、当審証人三田光男の証言、当審における被控訴人代表者尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、被控訴人は前記買受土地(一二四坪四合七勺)のうち右建物および南隣、三田光男使用の建物の各敷地を除く範囲の土地(その位置関係、形状等別紙図面のとおり)を使用して昭和三六年秋頃から給油所の営業を始め爾来これを継続していることが認められ、以上認定を左右するに足る証拠はない。

(四)  以上認定の諸事情を考慮して判断するに、控訴人が三田茂に対し有する右建物の賃借権は同三田茂にその建物の敷地を利用する権利が認められない以上、同人より右土地を買受け所有権を取得した被控訴人に対しては、本来、これを主張し得ないものであるけれども、建物の賃貸人がその所有する敷地とともに建物の所有権を第三者に移転した場合には賃借人は借家法第一条により保護される(前記三田光男および被控訴人代表者の各供述によれば右三田光男は控訴人同様三田茂からその使用建物を賃借中のものであつたが、被控訴人は土地とともに右建物を買受けたことが認められ、従つて三田光男は当然同法の保護を受ける。)のに較べ、本件のように賃貸人がその敷地の所有権のみを第三者に移転した場合はこれに対する建物の賃借人の地位は極めて不安定である(その地位を法律上有効に保全するてだてはない。)といえるところ、前記認定の被控訴人が右土地を買受ける際およびその前后の諸事情一切、ならびに右建物の敷地を必要とする当事者双方のその必要性の度合等にあわせ右説示の事情を参酌して考へれば、被控訴人があらたにその土地を三田茂から買受け所有権を取得したからといつて、従来同人より地上建物を賃借しきたつた控訴人に対し立退を求める本訴請求はいわゆる権利を濫用するものとして許されないものといわなければならない。

三、よつて被控訴人の本訴請求を結局理由がないものとして棄却すべきものとし、従つてこれを認容した原判決を取消すこととし、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三和田大士 竹田稔 広田富男)

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